【保育原理】【児童家庭福祉】エンゼルプランから始まる子育て支援施策と、その背景まとめ

【保育原理】【児童家庭福祉】エンゼルプランから始まる子育て支援施策と、その背景まとめ

こんにちは。東大卒イクメンパパです。
イクメンです。イケメンではありません。

今回は保育原理や児童家庭福祉で出題される、子育て支援の国の施策について取り上げます。

エンゼルプラン、子ども・子育て応援プランなどなど、段階をおって進められてきた国による子育て支援。
少子化にストップをかけるために、これまでさまざまな法律や制度が作られてきましたが、そういった取り組みが始まったきっかけや、各施策がどのような内容で、どのように子育て支援の穴を埋めてきたか……といったことをまとめてみました。

子育て支援施策が始まった背景と流れ

1945年の第二次世界大戦終結後、戦争が終わった日本では第一次ベビーブームにわきました。

一気に出生数が増え、合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数)も4を超えるなど、人口がどんどん増えていきました。

第一次ベビーブームで生まれた子ども達が親となった1970年代前半に出生数が高まったのが、第二次ベビーブームです。
この頃までは、若年層の人口が多く(少子高齢でない)、経済もどんどん成長していたこともあり、子育て支援の施策はあまり話題に上がりませんでした。

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内閣府のサイトより

それが、第二次ベビーブームを過ぎると、だんだん状況が変わってきます。

どんな国でも、経済がある程度の度合いまで成長し、国が成熟してくると、いち家庭の子どもの数は減る傾向があります(その分ひとりひとりに手厚い教育をするようになります)。

日本もその例にもれず、合計特殊出生率は段々と下がり、出生数も下がっていきます。
この合計特殊出生率の低下が、社会にショックを与えたのは、1989年の1.57ショックでした。

どういうことかというと、1966年の「ひのえうま」の年に記録された、それまでの最低の合計特殊出生率である1.58を下回ったのです。
ひのえうまというのは、干支のひとつで、詳しいことは知らなくてよいと思いますが、かつては、この年に生まれた女性は気性が荒く幸せになれない、みたいに言われていました。迷信ですが。
戦後間もない時期である1966年には、まだこの「ひのえうま」が信じられており、生まれる子どもの数が1年だけぐっと減りました。

この1966年をも下回った、ということで、人々がショックを受けたのが1989年。
ちょうどバブル経済の崩壊の時期ということもあり、このあたりの年を機に、少子化が注目され、子育て支援に力が入れられるようになっていきました。

そして1994年に、国による最初の体系的な子育て支援施策である「エンゼルプラン」が作られ、そこから少しずつ社会のニーズを取り入れ、取り組みが進んでいきます。少子化傾向を食い止めるため、共働き家庭の育児を援護するなどさまざまな施策が盛り込まれていきました。

ちなみに、ちょうどこのくらいの時期に、それまで多数派だった専業主婦世帯と少数派だった共働き世帯の割合が同じくらいになり、そこから割合が逆転していきます。

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内閣府男女共同参画局のサイトより

ここまでの流れを表にまとめると、こんな感じです。

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エンゼルプランから始まる、各施策の内容

1994年に最初の子育て支援施策の計画であるエンゼルプラン(正式名称は「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」)が策定され、その後はおおよそ5年ごとに、施策内容がアップデートされ、名前も変わっていきました。

流れとしては、

エンゼルプラン(1994年) → 新エンゼルプラン(1999年) → 子ども・子育て応援プラン(2004年) → 子ども・子育てビジョン(2010年)

という感じです。

それぞれの内容をざっくりまとめてみましょう。

エンゼルプラン(1994年)

エンゼルプランでは、

・育児休業給付の実施推進
・放課後児童クラブ(学童保育)の設置
・保育所一時預かりや延長保育の拡充
・地域子育て支援センターの設置

などの取り組みが行われました。

まずは、子育てと仕事の両立支援も、家庭における子育て支援もいろいろやりましょう、という感じです。

新エンゼルプラン(1999年)

新エンゼルプランの内容の一例は以下の通りです。

・固定的な性別役割分業の是正
・時短勤務制度の整備
・育児休業給付金率のUp
・ファミリーサポートセンターの整備

性別役割分業の是正、時短勤務、育休給付金Upなど、子育てしながらの働きやすさのほうをより深掘りしたような内容になっています。

子ども・子育て応援プラン(2004年)

子ども・子育て応援プランは、前年に制定された少子化社会対策基本法、それに基づく指針である少子化社会対策大綱の内容を具体的に実行していくためのものでした。

子育てと仕事の両立支援については、新エンゼルプランから継続していますが、「若者の自立とたくましい子どもの育ち」を課題として設定しているところなどが特徴です。
単に子育て世代を助けるだけでなく、そもそも子どもを持たない人が増えている→結婚・出産が増えるようにしよう、という考え方があらわれています。

子ども・子育て応援プランの概要(厚生労働省のページ)

子ども・子育てビジョン(2010年)

2010年の子ども・子育てビジョンでは、「家族や親が子育てを担う」から「社会全体で子育てを支える」への転換を目指し、さまざまな施策が行われました。
今はなくなってしまった子ども手当などもこのタイミングの施策です。

他には、今も残っている児童扶養手当の父子家庭への拡大、ワークライフバランス推進のためのテレワーク普及など、今につながる取り組みも含まれています。

また、認定こども園の数、里親委託率、男性の育休取得率など、さまざまな数値目標を定めているのも特徴です。

「子ども・子育てビジョン」について(内閣府のサイト)

少子化社会対策大綱の改定(2015年)

2015年には、「XXプラン」などの名前はついていませんが、少子化社会対策大綱がアップデートされました。

子ども・子育てビジョンと同じように、各分野についてさまざまな数値目標が定められています。

少子化社会対策大綱(平成27年3月20日閣議決定) (内閣府のページ)

以上を、ざっと年表にまとめるとこんな感じです。

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赤字の部分を中心に流れをおさえていくのが良いと思います。

今回のまとめ

・1989年の1.57ショック(合計特殊出生率が1.57)がきっかけで子育て支援施策が始まる
・エンゼルプラン→新エンゼルプラン→子ども・子育て応援プラン→子ども・子育てビジョン の流れ
・社会のニーズの変化に応じて、少しずつ内容も現代的になってきている

つぶやき

子ども・子育てビジョンや、2015年の少子化社会対策大綱改定などについては、内閣府のページに資料も載っています。

具体的な数値目標なども書かれているので、それに基づいて、実際に社会が変わっているか?など、考えてみると、けっこう面白いのではないかと思います。

「もとの資料を見る」というのを、ところどころやってみると、「単なる試験勉強」から「社会を学ぶ」という感じになる気がして楽しいです。

ではでは!

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著者プロフィール

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東大卒イクメンパパ
フローレンスで働く東大卒のパパ社員です。3歳の娘、0歳の息子に奥さんともども毎日楽しく振り回されています。いろいろありまして、保育士試験を受験することになりました。東大受験のあらゆるノウハウを駆使して(?)試験合格を目指しつつ、ポイントをブログにまとめて、同じように保育士試験を受験する方を応援していきます!働きながら、育児しながら試験勉強がんばります!

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