水深20センチのプールで子どもは溺死する。プール事故を防ぐためには?

水深20センチのプールで子どもは溺死する。プール事故を防ぐためには?

保育事故が起きるまでの出来事をひとつひとつ調べた時に、もしご自身の保育でやっていることがその中に含まれていたら・・・。もしかしたらあなたが、子どもの命を奪うような重大な事故を起していたかもしれません。「幼稚園教諭としての基本的注意義務に違反」しないために、『プール内で園児らの安全を守るための教育や指導』とはどのようなものかある事件を例に、考えてみましょう。

プール水死事故:幼稚園の元担任教諭に罰金判決 横浜地裁
毎日新聞 2014年3月24日
 神奈川県大和市の学校法人西山学園「大和幼稚園」で2011年7月、園児の伊禮貴弘君(当時3歳)がプール遊び中に水死した事故で、業務上過失致死罪に問われた元担任教諭に対し、横浜地裁は24日、求刑通り罰金50万円の判決を言い渡した。毛利晴光裁判長は「園児の安全配慮に対する認識や自覚が乏しく、幼稚園教諭としての基本的注意義務に違反した」と述べた。一方で判決は「被告は新任で、プール内で園児らの安全を守るための教育や指導をほとんど受けていないのに、単独で活動を担当させられていた」と園側の安全管理態勢の不十分さも指摘。その上で「起訴内容を認め反省の態度を示している」とした。判決によると、平被告は11年7月11日、屋内プール(水深約20センチ)で水遊びしていた園児11人を一人で見ていたが、監視を怠って貴弘君を水死させた。

水深約20センチの室内プールで、子どもは溺死した。

子どもたちが水深約20センチのプールで水遊びをしていました。その中のひとりが溺れたことに元担任教諭は気付けずに溺死させたということですが、気づけないような大きさや形状のプールだったのでしょうか。

  • 円形のプール(直径4.75メートル)に入った。深さは60センチ近くあったが、水漏れ箇所があり、20~30センチほどしか水を入れなかった(2011.7.12 毎日新聞)
  • プールは直径約4.75メートル、深さ約65センチ。園側は事故当時の水深を20センチほどと説明(2011.7.12 神奈川新聞社)


水深が20センチ、または21センチだと伝えられています。実際には「20~30センチ」の10センチの誤差を加味する必要があるかもしれません。10センチというと平均的な3歳時の膝下にあった水面が膝上に上がってくる深さです。また65センチの外壁というと、プールの外側に大人が居た場合、即座に乗り越えて子どもの側に駆けつけられる高さではないかもしれません。

3歳4歳児混合クラスで担任1人対11人?

元教諭がひとりで「3、4歳児の園児11人のプール活動」(2014.3.25 神奈川新聞社)を見ていたそうです。全ての時間をひとりで見ていたのか、どのようなプール活動をどの位置で見ていたのか確認してみましょう。

  • 当時3、4歳の年少2クラス計29人が水着姿でプールに入っていた。各クラスの担任の女性教諭計2人が監視していたという(2011.7.11 神奈川新聞社)
  • 年少組の2クラスの園児計29人が入り、ビート板や浮輪などで遊んでいた(2011.7.12 神奈川新聞社)
  • 教諭1人は一緒にプールに入り、もう1人は脇で見守っていた(2013.12.12 産経ニュース)


直径4.75メートルというと両腕を大きく広げた女性3人が横に並んだ長さで、広さは17.7平方メートル。そこに29名全員が入水した場合、子ども1人分は0.61平方メートルで畳半畳弱のスペースといった具合でしょうか。「ビート板や浮輪などで遊んでいた」ということは、けっこう激しい様子も伺えます。人数が多いことから中にひとり、外にひとりと別れたことは評価できますが、それだけで全てを見通せていると勘違いするのは危険です。見えているつもりにならず、活動と活動の合間に子どもひとりひとりの安否を確認する以外にも、活動中にも定期的な作業のひとつとして、子ども全員の顔の確認を必ず入れるのが望ましい安全対策です。

プールあそびの終了間際に片付け開始

「最低でも1分間から2分間くらい溺れた状態にあった」(2013.12.12 産経ニュース)。それぞれの教諭が役割分担をして見守る連携作業から、時間がきて個々にクラス担任の役割に戻ったところで事故が起きたようです。

  • 10分後、1クラスがプールから出て、残り1クラスが遊具を片づけ(2011.7.12 毎日新聞)
  • 片付け作業に気を取られて園児が溺れたことに気づかず(2014.3.25 神奈川新聞社)
  • プール内の園児から目を離したため被害者ら園児の監視がおろそかになった(2013.12.12 産経ニュース)
  • 被告はプール内の端に立ち、外側を向いて用具を片づけており、園児の監視をおろそかにしていた(2013.12.12 読売新聞)


教諭1人は一緒にプールに入り、もう1人は脇で見守っていました(2013.12.12 産経ニュース)。活動の終了時間を迎えて、人数の多いクラスから子どもを移動させる役目と、その間に遊び道具を片づけてしまう役目へと二人の教諭が別々の作業へと移り変わっています。

過去に起きなかった事故が今も起きないとは限らない

プール活動全体を終わらすという点については連携していますが、子どもを見守るという点についてはバラバラになっていました。「プール内の端に立ち、外側を向いて用具を片づけ」、「片付け作業に気を取られて」いて、子どもたち全員をプールの中から出して、ようやく溺れた子どもを見つけたようです。片付けを始める前まで何事もなくプールあそびが進み、事故が起こるなど予測もできていなかったことでしょう。プール指導からプールあそびへの変わり目だったり、こういった活動の終わり際の事故は小さなヒヤリハットを含めると、日常的にたくさんの幼稚園や保育園の保育で起きています。事故は起きるという認識が必要です。

幼稚園の外で園医が一次救命処置後に搬送

心肺停止状態で市内の病院に搬送された(2011.7.11 神奈川新聞社)そうですが、プールで溺水事故が起きた時、元担任教諭をふくめ幼稚園職員による溺れた子どもへの適切な応急手当は全く行われていませんでした。

  • 園側は蘇生措置を施し、近くの医療機関に運び込んだという。医療機関は午前11時55分ごろ、119番通報で市消防本部に別の病院への転院搬送を依頼し、午後0時10分ごろ市立病院に到着。長男は心肺停止状態だった
  • 同園長は「(長男は)水を吐き、目を少し開けていたので、園医でいろいろな処置を一生懸命していただいた(中略)」などと文書でコメントした(2011.7.12 神奈川新聞社)


水を吐き、目を少し開けていたことから、その場で119番通報を行なわずに近所の園医の元へ主任教諭が連れて行きました。園医が救命処置を行ない、さらに適切な治療が必要と判断して、ここで初めて緊急通報が行われました。ドラマなどで溺れた人から水を吐かせようとする場面を見かけます。子どもが溺れてグッタリするのは水を飲んだことより、息ができなくなってカラダの中の酸素が無くなってしまうことの方が大きな原因です。

水を吐かせるのではなく、カラダに酸素を取り込む手助けを。

溺水事故には水を吐かせるより、溺れた子どもがカラダに酸素を取り込めるような助けが最も必要です。溺れた直後で咳をしていれば、咳が出やすいように、また飲んだ水を吐いていれば吐ききるまで見守ったあと(※)、すばやい呼吸の確認を行ないます。ここで呼吸をしても安心してはいけません。

※ 吐きやすいように態勢を支えることは必要ですが、「胸やお腹を押す」、「指を突っ込む」など救助者が水を吐かせようとする行為は絶対に行なってはいけませんそれより呼吸の確認と観察が全てに優先されます。

また、「水を吐き、目を少し開けていた」ような場合でも、元気な状態であれば当たり前のように行われるであろう動作、頻繁な瞬きだったり、子どもだったら助けてほしくて先生を目で追うことでしょう。そういった『目的をもった動作』があって初めて、ひとまず(その場の)生きている確証がもてます。

溺水事故には人工呼吸をする心づもりが大切

誰にも気づかれず2分間は溺れた状態にあったわけですから、この場合は水を吐き目が少し開いていたとしても、救急搬送を遅らせていい状況ではなかったことが想像されます。

仮にプールから出た時点で息ができていたとしても、溺れて窒息しかけたことで呼吸が弱まったようなときは、その後あっという間の短時間で呼吸が止まってしまうこともあります。そうならないために呼吸を観察し続けて、止まったかのように感じられたり迷うぐらいまで呼吸が弱まったら、すぐに人工呼吸を行なわなければ助からないかもしれません。

事故から学び、安全でゆたかな保育を実施する

  • 「被告は新任で、プール内で園児らの安全を守るための教育や指導をほとんど受けていないのに、単独で活動を担当させられていた」と園側の安全管理態勢の不十分さも指摘(2014.03.24 毎日新聞)されています。

    ・同園がプール遊びのマニュアルに事故防止対策や緊急時の救護措置に関する記載をせず、「統一的な教育・訓練を行わずに、プール活動における安全対策を各教諭の自主的判断に委ねていた」と強調した(2013.12.12 産経ニュース)


子どもの命が失われる事態にならないように、すべての職員が救命処置スキルの習得をしておくとともに、必要に応じて迅速に高度医療につなげられる安全管理体制づくりが求められています。事故から学び、安全でゆたかな保育を実現していきましょう。


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著者プロフィール

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遠藤登(保育安全のかたち)
保育の安全性を高め、重大な事故を防ぐために、保育現場における救命処置法ほか、ヒヤリハット分析「チャイルドSHELモデル(c-SHEL)」の教育と保育リスクマネジメントの研修を開催しています。主な著書、『保育救命-保育者のための安全安心ガイド-』(株式会社メイト)ほか。

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